会社にとってのセンサーとは

生き物が環境の変化を察知するためのセンサーを備えているように、会社にもセンサーを埋め込むことが必要なんじゃないか。前回のコラムでそう書いた。

この「会社のセンサー」のあり方を考える時、二つのことが問題になると思う。
センサーはどういうものであるべきか(=センシングの方法)、ということと、そもそも何のためのセンサーか(=センシングの目的)、ということだ。

 

― 生物の「生き残り」とセンサー
勿論、目的によって方法は変わるから、まずは目的が問われなくてはならない。
ではセンシングの目的とは何か。
これが意外と自明ではない。

生物の場合、「生き残ること」が大前提になるが、そもそもの生き残る主体とは「個体」なのか、「種」なのか、或いは、「遺伝子(=DNA)」なのか、ということが問われてくるからだ。

例えば、気温の変化を敏感に察知し、即座に体温調節をしたり移動をしたりする。食物や水のありかを嗅ぎわけて移動したり、捕食者の存在を察知して身を隠したりする。これは個体としての生き残りを目的としたセンシングであり、反応である。動物に顕著な五感は、このために発達したセンサーだと言える。

一方、種としての生き残りのためには、子孫を残すことが必要になる。適切な時期に種子や卵を生み、子を生み育てる。人間以外の大半の動物では、生殖活動が季節や月の満ち欠けなどの宇宙のリズムと連動しているが、これは季節や重力の変動のような宇宙のリズムを感知できるセンサーが備わっているということなのだろう。性的に成熟した適切なパートナーを選ぶための感覚や哺乳類であれば子育ての際に子どもを危険から守るための感知力というものも必要になる。種としての生き残りを目的としたセンシングとは、次の世代を生み育てるためのセンシングに他ならない。

平時であればここまでで事足りる。だが、噴火や隕石の衝突による気候の激変や、周期的に温暖化と冷却化を繰り返す地球の気候変動等によって、生物の生息環境は大きく変わることがある。そしてあまりに大きな環境の変化が起き、種としての存続すら難しくなった場合は、魚が陸に上がり、トカゲが鳥に変わるような変化をすることがある。いわゆる突然変異による進化である。この場合、違う種へと変わってしまうのだから、生き残る主体はもはや種ではなく、遺伝子(=DNA)ということになるだろう。恐らく平時に使っているセンサーの容量を超えるような未曾有の事態に直面すること、そのこと自体が進化の引き金となるのだと思う。未曾有の事態には未曾有の自分に変わることでしか生き残ることはできない。そういう「想定外の事態」を想定したプログラムが、生命の発生以来の進化の記憶を内包している遺伝子には組み込まれているのではないだろうか。

このように、「生き残り」という目的から考えた時、生物には、少なくとも個体の生き残りのためのセンサーと種の生き残りのためのセンサーが備わっている。そして、これらのセンサーの容量を超えるような未曾有の事態が起きた時には、遺伝子の生き残りを賭けて突然変異を起こすプログラムが仕組まれている。どうやらそういうことが言えそうである。

 
― 会社の「生き残り」とセンサー

では会社はどうか。

個体としての生き残りが会社の最大の関心事であり、一番労力をかけているところだろう。

日々報告される現場からの情報、毎日のニュースや雑誌の記事、定期的に行われる市場調査や競合調査や生活者調査の結果、識者や研究機関が出す未来予測、経営者懇談会や異業種交流会などで得られる他業界の動向、学会や学術誌に発表される論文や最新の技術動向、街頭や店頭の観察から得られる流行観測、ネット上を流れる生活者達の声、SNSの中で飛び交っている言葉達…。

こういうものにアンテナを巡らして、自分の会社にとってのビジネスチャンスやリスクをいち早く把握しようと、どんな企業も何らかの努力をしている。

だが、膨大な情報の中から自社に有用な情報を汲み上げるのは至難の技である。しかも、グローバル化が進展する中で、チェックしないといけない情報の量は増える一方である。最大の関心事である会社の生き残りのためにすら、満足なセンシングができていない。それが多くの会社の実態だと思う。

一方、種としての生き残り、つまり次の世代の生き残りを見据えてのセンシングとなるとさしずめ該当するのはR&D活動だろうか。技術系の大企業は特にR&Dに力を入れているが、R&Dを実際のイノベーションやインキュベーションにつなげるところまでとなると、苦労している企業が多い。次世代を生み落とすためのセンシングには注力しているが、実際に次世代を産み落とすところまでとなると、なかなかつながらないのだ。

R&Dですらその状態だから、今の常識では考えられないような未曾有の事態が発生した時に備えて、突然変異できるようなプログラムを持っておくというところまでになるとほとんどの企業が手をつけられていないというのが実態だ。そもそも突然変異の仕組みがよくわかっていない中ではどうしたらそれを仕組むことができるというのか。わかっているのはゲノムと言われるその生物固有の遺伝子のセットには発現していない部位が多数存在して、どうもこの発現しない部位が、環境の激変時に発現して突然変異が起きるのではないかということだ。そこから単純に導き出せるのは、今の常識ではお金にはならないが、常識が変われば大きく化ける可能性のあるもの、そういう技術や事業の種をできるだけ多く蓄積しておいたほうがいいということだろう。だが、費用対効果のわからなものにそこまでのお金と労力をかける余裕のある企業はそうそういない。

かくして、生物に比してみると、会社の持っているセンサーの状態というのは、極めてお粗末だということがよくわかる。トヨタ生産システムの生みの親である大野耐一氏は、生物のような組織体になることを理想にトヨタ生産システムを考案したというが、生物のシステムに肉薄するような会社組織というのは、とてもではないが見果てぬ夢と考えるほうがいいのかもしれない。

だが、何らかのやり方があるはずだ。生物のレベルとまではいかなくても、個体や種の生き残りのためにもっと有用なセンサーのあり方というものが…。(文/井上岳一)

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