要求仕様を設計する:
『東大式 世界を変えるイノベーションのつくり方』

東大の大学院には「i.school」と呼ばれるプログラムが存在する。
講座ではない。ワークショップである。
原型はIDEO。
イノベーションの方法論を確立したことで有名な、米国のデザイン会社である。

本書はこのi.schoolのプログラムの説明で、IDEO式のイノベーションの方法論を、
どう日本で応用しているのかが紹介される。
プログラムの内容自体は凡庸だ。IDEOの方法論をチープにした感じ。
この程度の内容で本当に「世界を変えるイノベーション」が起こせるのかと疑問に
思ってしまう。イノベーションの方法論として目新しいこともないので、
IDEOのトム・ケリーが書いた『発想する会社!』を読んでいる人は読む必要がない。

ただ、i.schoolのエグゼグティブ・ディレクターを務める堀井秀之氏による
Part.4:i.schoolと「知の構造化」、は一読に値する。

特に、以下の指摘は重要だ。

「工学は、与えられた要求仕様を満足する手段を提供することに専念してきました。
しかし、最も重要な要求仕様を設計することは怠ってきたのではないでしょうか。
それが、過剰な性能の製品や、ユーザーの心に響かない製品を生み出している現
状につながったのかもしれません。(…)
要求仕様の設計方法は、工業製品の設計方法とは大きく異なっているはずです。
要求仕様を生み出すのは人であり、人々のライフスタイルや価値観を深く洞察し、
本人も気付かない要求仕様を発見する方法や能力を育てることが課題です。」
(P.146-147)

ここで言っているのは、ものづくりを支えた工学の発想が、人間を見てこなかった、
ということだ。だから堀井氏は、「人間中心のイノベーション」の重要性を提唱する。

何を今更という感じだが、今のものづくりやビジネスの問題は、人間が不在なこと
だと確かに思う。それは、「人間」をリアルに感じる場が今の企業社会には存在し
ないからだ。エスノグラフィーのような、もともとは人間理解のためだった手法が、
マーケティングや商品開発の分野で注目されているのも、その故だろう。

Social Sensingが目指すのも、人間をリアルに感じ取ることだ。
人間をリアルに感じ取ることができる者のみが、要求仕様を設計できる。
そして、人間をリアルに感じ取ることができることが、イノベーションの条件なのだ。

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