なぜ現場感を問題にするのか

現場感を喪失することの何が問題なのか。
逆に言うと、何故、現場感が重要なのか。

現場主義を言い続けた偉大な経営者達の言動を読んだり、現場感のある人と接したりしている中で、現場感は以下の4つの観点から重要なのではないかと考えるようになった。

1)判断を間違えにくい

現場感のある人は判断を間違えにくい。なぜか。当然、現場のことをよくわかっているというのはあるが、それだけでなく、人としての常識的な判断ができる、ということが大きい。人としての常識的な判断ができるのは、それだけ真剣に人やものや自然と関わるからだと思う。

勿論、人としての常識的な判断は、必ずしも儲けにつながる判断とはイコールでない。むしろ損をすることのほうが多いかもしれない。しかし、人としての判断のほうが時に重要なこともある。例えば、水俣の事件だ。チッソは廃水が奇病の原因ではないかと知っていた。知っていながら、何もしなかった。もし、チッソが人として常識的な判断をしてくれていたら、水俣病はあれだけの被害者を生まなかったかもしれないし、チッソも会社の存続を脅かされるような事態を招くことはなかったろう。

そう考えると、現場感のある人の意見がきちんと通って、会社が人としての常識的な判断ができるということは、社会と会社の双方のサステナビリティにとって、とても重要なことなのだと思う。

2)インスピレーションやアイデアが生まれやすい

現場はアイデアの宝庫である。現場でじっくりと観察したり、手足を実際に動かしてみたりすることが、アイデアやインスピレーションの母胎になる。これは企画やものづくりに関わったことのある人なら誰もが実感できることではないだろうか。

だが、案外にそのことがないがしろにされている。実際に現場を体感することよりも、調査のデータを分析したり、競合商品との比較検討をしたり、そういうことのほうに時間も労力もかけている。「こんな感じが求められているんじゃないか」と言っても、「そんな感覚的な話じゃなくて、もっと定量的・客観的に言え」と怒られてしまう。それが今の多くの企業の商品企画の現場である。

そういうやり方ではもうイノベーティブなアイデアを生み出すことは難しいのではないかと限界を感じ始めた人々は、文化人類学のフィールドワークの手法を応用したエスノグラフィーのような定性的な調査に注目し始めている。エスノグラフィーでは、実際に製品が使われている現場やサービスが行われている現場を虚心坦懐に観察する。当事者として感じる現場感とは異なるかもしれないが、これもある種の現場感を獲得するための手法と言えるだろう。エスノグラフィーに注目が集まる背景には、観察を重視するイノベーションの手法を生み出した米国のデザイン会社IDEOの影響があるのは間違いないが、一方で、そういうことでもしない限り現場感を感じられる場面が少なくなっているという今の企業の現実を表しているのだとも言えそうだ。

3)使命感や大義が生まれやすい

現場はアイデアの宝庫であると同時に、問題に出会える場でもある。他人やものや自然とリアルに関わり合っていると、人や社会が抱えている問題に気づきやすい。問題を目の前にすると、誰だって何とかしたいと思う。そこから問題解決への使命感や大義が生まれるのだ。だから現場感のある人は、明確な使命感や大義を持っている人が多い。

戦後すぐにSONYの前身である東京通信工業を興した井深大などはその典型だろう。井深は1945年10月にはその後東京通信工業となる事務所を立ち上げている。敗戦後、たった二ヶ月である。そして、その三ヶ月後(1946年1月)に起草した『設立趣意書』を読むと、戦後日本の再建が、会社設立の目的と重なっていることがわかる。井深にとって、事業を興すことは、国を再建することとほとんど同義であった。そんな彼にとっては、敗戦後の、再建しなければいけない戦後の社会それ自体が自らが活躍すべき現場と感じられていたはずだ。その圧倒的な現場感の中で、再建という大きな課題を大義として、井深は会社を興したのだった。

『東京通信工業株式会社設立趣意書』(抜粋)

会社設立の目的
一、 真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして
愉快なる理想工場の建設
一、 日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動
一、 戦時中、各方面に非常に進歩したる技術の国民生活内への即事応用
一、 諸大学、研究所等の研究成果のうち、最も国民生活に応用価値を有する
優秀なるものの迅速なる製品、商品化
一、 無線通信機類の日常生活への浸透化、並びに家庭電化の促進
一、 戦災通信網の復旧作業に対する積極的参加、並びに必要なる技術の提供
一、 新時代にふさわしき優秀ラヂオセットの製作・普及、並びにラヂオサービスの徹底化
一、 国民科学知識の実際的啓蒙活動
(出典:ソニー株式会社Webサイト)

4)共感力や人間性が磨かれる

人と人のリアルな関わり合いを通じてしか、人の共感力や人間性は磨かれない。現場はそういう経験に満ちた場である。だから現場感のある人間は共感力に優れ、人間性も豊かである。

共感力や人間性は、実はこれからの企業にとってのキーワードとなるものだ。その背景には、ブログやソーシャルメディアなどの普及によって、情報流通の主導権が生活者へと移りつつあるメディア環境の変化がある。生活者が情報流通の主導権を握った時代において、企業にとって大切なのは、生活者に共感されることだ。共感される企業はソーシャルメディアを通じてどんどんファンが増えるが、共感されない企業、嫌われてしまった企業は、その存続すら危うくなっていく。

ジャスミン革命で証明されたように、何せ、ソーシャルメディアでつながった生活者達は一国の政府を倒すほどの力を持つのだから侮れない。共感されるかどうかが、これからの企業の生き残りを決するのである。

言葉遊びではないが、共感されるためには、共感する力が鍵になる。共感する力とは、相手の感情や感覚を感じられる力である。相手が自分の感情や感覚をわかってくれると思った時、その人に対して人は共感を抱く。つまり共感力が高ければ、共感される確率も高くなるのだ。人の感情や感覚に敏感であること、共感力が高く人間性が豊かであることが、共感される企業になるための条件となると言えるだろう。そして、現場感は、そのための前提になるのだ。

 

以上、現場感が4つの観点から重要であることを見てきた。裏を返せば、現場感を喪失すると、判断を間違えやすくなり、イノベーションにつながるアイデアやインスピレーションにも出会わず、使命感や大義に欠け、共感力や人間性が低くなる、ということだ。

ものが溢れた世の中で、そんな企業の製品やサービスを誰が買おうと思うだろうか。誰がそんな企業で働きたいと思うだろうか。現場感は、企業が支持され、愛されるために不可欠な条件なのだと言えよう。(文/井上岳一)

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