意思決定において問われるもの

アップルの創業者・故スティーブ・ジョブズは、有名なスタンフォード大学におけるスピーチの中で、17歳のとき以来の33年間、毎朝鏡を見ながら「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」と自問し続けたということを告白している。答えがNoが続いたら、何かを変える必要がある。そうやってジョブズは意思決定をしてきたのだという。

自分が間もなく死ぬとすれば、他者からの期待や自分のプライド、恥や失敗に対する恐れ、などが消え真に重要なことだけが残る。何かを失うと考えてしまう落とし穴にはまるのを避けることができるのだ。だから、「今日が人生最後の日だとしたら」という問いは、人生における重要な決断を助けてくれる。それがジョブズの信念だった。

アップルが革新的な製品やビジネスモデルを生み出し続けたのと、ジョブズのこの意思決定方法とは、無縁ではないだろう。イノベーティブであり続けるためには、アイデアそのものよりも、そのアイデアを形にするための意思決定ができるかどうかのほうが重要なのだ。そして、それは「何かを失う」と考えていては、決してできない意思決定である。

何かを失うと考えてしまう落とし穴を避け、イノベーティブであり続けるために、意思決定者たちは「死を思え」というのは極論だろうか。

そんなことはない。むしろ、今、日本を代表する大企業になっている企業の多くは、その原点に、「今日が人生最後の日だとしたら」という問いが内包されていたのではないかと考える。

何故か。
そう、戦争の体験である。

日本の戦後の経済発展は、「戦後、日本は瓦礫の山の中から復興し」とか「焦土と化した東京から」などという枕言葉と共に語られるが、その言葉がリアルな実感を伴って感じられるようになったのは、今年3月の、東北の津波の被害を受けた土地を見てからだ。見事に何もなくなり、瓦礫の山と化した被災地を見た時、「ああ、敗戦直後はこんな感じだったんだろうな」と初めて実感できることができたのだった。

東京が焦土と化した1945年3月10日の東京大空襲では、被災家屋26万戸以上、死者・行方不明者10万人以上の被害を出している。今年3月11日の東北の津波での全壊・半壊家屋の合計は約28万戸、死者・行方不明者の合計約2万人という数字に比べても、東京大空襲でいかに多くの人が亡くなったかがわかる。

大空襲ばかりではない。1944年11月14日から敗戦の日までに、東京だけで106回の空襲を受けている。野坂昭如の『火垂るの墓』のような敗戦前後を描いた小説を読むと、これがどんな事態であったかがよくわかる。空襲警報が鳴ると着の身、着のままで防空壕まで逃げる。空襲が去って、防空壕から出てくると、街がなくなり、逃げ遅れた知人や家族は酷い傷を負ったり、亡くなったりしている。

当時、人の死はとても身近なことだったのだ。戦地にいた男達は勿論、女子供であっても、いつ自分が死んでもおかしくない。そういう状況を生きていたのだと思う。

敗戦ばかりでない。
その約20年前の1923年には関東大震災で、やはり10万人以上の死者・行方不明者を出している。首都東京は、たった20年の間に、二度ほども壊滅的な打撃をこうむっているのである。当時を生きる人達はよく正気でいられたものだと今更ながらに思う。

そもそも、1894年の日清戦争から1945年の敗戦までの日本は、ほぼ10年おきに大事件を経験している(1904年日露戦争、1914年第一次世界大戦、1923年関東大震災、1929年世界大恐慌、1937年日中戦争、1941年太平洋戦争)。

20世紀前半というのは、今から振り返ると本当に激動の時代だったのだ。世界は天変地異を繰り返し、その中で、多くの人が理不尽な形で亡くなっていったのだと思う。その時代を生きた人にとって、「今日が人生最後の日だとしたら」というのは、仮定でも何でもなく、極めてリアルな認識だったはずだ。
そして、この激動の時代を生き抜いてきた人々が、日本の戦後の経済発展を牽引したのである。

試みに、日本の歴史に残る偉大なカリスマ経営者達の生年を見てみると、松下幸之助(1894年)、本田宗一郎(1906年)、井深大(1908年)、小倉昌男(1924年)と見事にその青春時代を戦前に過ごした人ばかりである。これらの人々は経営手法よりも、その背後にある世界観・人生観・死生観が後世の人々を魅了し、影響を与え続けてきたという意味で、希有な経営者達である。

勿論、現代にも、柳井正(1949年生)や孫正義(1957年生)や三木谷浩史(1965年生)など、カリスマ的な経営者は存在する。しかし、彼らがその世界観や人生観で後世に語り継がれるほどの偉大な経営者となるだろうか。それは誰にもわからないが、戦前生まれの経営者達に比べてスケールの違いを感じてしまうのは否めない(もっとも孫正義にだけはほかの経営者にはない不思議な魅力やスケールの大きさを感じてしまうというのはあまりに独断に過ぎるだろうか)。

そのスケールの違いとは、結局、どれだけ死をリアルに感じている人なのかどうかというところにあるのだと思う。そして、それはそのまま、人間や社会に対してどれだけリアルな認識を持てているかどうかの違いになるのではないだろうか。この人間や社会に対するリアルな認識が、戦後生まれの経営者達やビジネスパーソン達には決定的に欠けているのだと思う(ちなみに、「Wired Japan」の1997年2月号のインタビューで、孫正義は20代後半に肝臓を患い、死を宣告されたこと、そしてそれが人生を見つめ直す転機となったことを告白している。少なくとも彼は死をリアルに感じてきた人間だ。それが彼のある種のスケールの大きさにつながっているのかもしれない)。

その一方で、ビジネスの現場で扱われる情報量は飛躍的に増えている。
経済自体がグローバル化しているから、世界中の情報をチェックしないといけない。膨大な情報量である。相互に絡み合うことも多く、システム的な思考が要求される。情報の洪水の中で、どうしたら正しい判断ができるのだろうか。
意思決定者達は、とても悩んでいると思う。

情報処理能力と分析能力が高まれば、正しい判断はできるようになるだろうか?
経営コンサルティングなどという仕事が成立し、ロジカルシンキングがもてはやされたのは、恐らく「多くの情報を処理し、論理を積み重ねていけば、見誤ることなく判断できるようになる」という信仰があったからだと思う。

だが、この信仰は誤りだ。

どんなに分析しても、唯一の正しい解などは導けない。
『国家の品格』で数学者の藤原正彦が正しく指摘したように、出発点をどこに設定するかによって、論理的な答えなど幾通りでも導き出せてしまうからだ。

コンサルタントは、「正しい答え」のオプションを示すことができるかもしれないが、その中からどれか一つに決めるのは、やはり当事者である意思決定者なのだ。そして、それは論理だけでは決められない。美意識や価値観のようなものによるしかないのである。

結局、意思決定の最後の場面で問われるのは、意思決定者自身(或いは意思決定者が属する集団)の美意識や価値観になるということだ。それは世界観や人間観、或いは死生観と言い換えてもいい。

世界観や人間観、或いは死生観を決めるものは、その者がどれだけ世界や人間、或いは死を見つめ、向き合い、関わり合ってきたかだ。だが、企業中心、経済中心の今の日本社会では、このような機会が圧倒的に不足している。ここに根本的な問題があるのだと思う。

震災や戦争や病気のような不幸な事態を経験しなければ、世界観や人間観、或いは死生観は鍛えられないのであろうか。それではあまりに悲しすぎる。そうではないやり方があるはずだ。(文/井上岳一)

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